私の茶器自慢(中堂 規久子)

新しい居場所を得たお道具たち

捨てられそうになったお道具に光を当てたい
 お茶のお道具は 高価で代々引き継がれていましたが,最近ではリサイクルショップ(リユースショップ)に売りに出され,新たな主に巡り合うことなく,売り場でひっそりと影を潜めているものが結構あります。私は高校生の時に茶道と出会い,お稽古は何度となく中断しましたが,こうした,一度捨てられそうになったお道具に再度スポットライトを当てたい!と思っています。

海外へのお土産として喜ばれる日本の茶道具
 私には海外の友人も多く,友人たちに会いに行くときは,そういった茶道具をお土産にしています。一昨年はニューヨークでお茶のお稽古をしているインドネシアの友人に,そして,去年は西アフリカのマリのアダム・バ・コナレ氏が運営されている「Centre Kadiatou THIAM」と,京都精華大学のウスビ・サコ教授が設立された「(仮)日本文化センター」に持参しました。海外では,日本の文化は知名度が高く,とても喜ばれるのです。
陶器は割れることがなければ,変色もせずに残ります。丁寧に梱包すれば,どこへでも運ぶことができます。

活躍の場を得た道具たち
 色の鮮やかな物もあれば,落ち着いた色の物,陶器や磁器もあります。ガレやラリック※のガラスの器にふたを作って水差しにしたり,お茶の好きな人は,自分だけのお道具を作ります。
先日,お茶会をすることを思いつき,茶道具を磨き,並べてみました。どれも誇らしく,素晴らしいものです。

物を大事にする生活
 最近は海外からのお客様も多く,機会があれば 是非,茶道を嗜んでいただきたいと思います。そして,外国へ留学する学生達にもこうした素晴らしいお道具が京都にある事を知り,使ってお茶を点ててもらいたいと思います。
断捨離で捨てられたお道具達が,私の家や海外で再び光輝いています。物を大事にすることで,生活のリズムを見直したいと思っています。

※ガレやラリック
 エミール・ガレ(1846年から1904年),弟のドームとともに,19世紀後半のアール・ヌーヴォー期にフランスで活躍したガラス工芸作家。日本美術の影響を受けた作品も多い。
 ルネ・ラリック(1860年から1945年),アール・ヌーヴォー、アール・デコの両時代にわたって活躍したガラス工芸作家,宝飾デザイナー。

ページの先頭へ