文化だ

オトコが淹れるお茶

京都学園大学バイオ環境学部教授藤井孝夫

おいしいお茶にたどりつく道

お酒はそんなに強くないが,最近になってワインや日本酒を買い求めることが多くなった。世界中のシャトーや日本の蔵からの色々な酒が売り場に並んでいる。生産された原材料をその土地の匠が酒にする。その土地の風景や人の技に思いを馳せて,深く酩酊しないうちに,個性のある香味を味わうのが楽しみである。
日本茶にもこれらに劣らず多様な味わいがある。玉露や煎茶など種類はわずかだが,茶農家が生産した荒茶は合組(ブレンド)され,茶銘ごとに味わいが異なる。淹れ方次第でその香味は微妙に変化する。香味の特徴をどう引き出すのか工夫のしどころであるが,お湯や茶葉の量,お湯の温度などのベターな組み合わせを探索することが,おいしいお茶にたどり着く王道であろう。たどり着くまでが楽しみであり,たどり着けたら嬉しい。

茶農家との茶談義から得られるもの

茶産地を訪ね茶農家にお邪魔し,お茶をいただく機会が多い。茶を待ちながら挨拶がわりの茶談義が始まるのだが,話題はたいていその年の茶の作柄である。茶農家にとって4月から5月は一年間の総決算の時期である。丹精込めて管理してきた茶園から新芽を収穫し,茶工場で加工して新茶ができる。毎年同じ作業を繰り返しているようだが決してそうではない。栽培や製造での様々な問題を,その経験や知識,知恵や技術の力を駆使して解決に導く匠の世界なのである。

茶農家の秘蔵っ子

ところで,茶農家は自ら生産した茶の中でこれぞと思うものは販売せずに,手元に残しておくらしい。この茶はどこにもない逸品なのであろう。玄関を入ってすぐの上がり框(かまち)にある火鉢を挟み差し向かいに座る。茶談義をしながらも火鉢の外枠に,小振りの茶碗が二脚と宝瓶(ほうびん),湯冷ましがさりげなく並べられる。小さな茶缶の茶葉を宝瓶に入れ,湯冷ましでお湯を冷ます。玉露などは,待ちに待ってやっといただくことができる。茶碗に注がれた茶は,この上なくおいしい。おいしいお茶にたどり着けたのである。「うまい!」と唸ると,これでもかこれでもかと2煎3煎と注がれる。その香味を知り尽くした自らの最高品質の茶を淹れていただく・・・このようなサービスが日常の中で行われるのは,日本茶の世界だけではないだろうか。

茶を淹れる手さばきのカッコよさ

茶農家の切磋琢磨に思い至れば,茶の香味もさることながら,さりげない薀蓄(うんちく)にも茶を淹れる手さばきにも,大変カッコよさが漂ってくるのである。茶談義に結論はないが,またの機会を約束し,来年の逸品を楽しみにして茶産地を後にするのである。
(2017年7月12日公開)

写真:てん茶の水出し

ページの先頭へ