お茶の淹れ方を知らない若者も,機会を得れば成長する
前話で,有川真理子さん(NPO法人環境市民元事務局スタッフ)から「お茶の淹れ方を知らない若者が増えつつある。」という話を紹介してもらいました。今回は(株)応用芸術研究所代表取締役所長の片木孝治さんから,「お茶の淹れ方も知らない若者が,地域づくりの担い手にまで成長できる」ことを伺います。(今回のメッセージは,ごみ減事務局からのヒアリング形式で掲載しています。Qの聞き手は,ごみ減スタッフです。
取材日 平成28年8月16日10時から。ごみ減事務局にて。
河和田アートキャンプに込めた思い
Q 片木先生は,河和田(かわだ)アートキャンプを12年間,総合ディレクターとして指導してこられたのですね。まず,河和田アートキャンプがどのようなものか,おしえていただけますか。
片木 2005年以降,福井県鯖江市の河和田地区で実施していますが,もともと2004年の福井豪雨による水害復興を目的に始まりました。地元のNPO法人かわだ夢グリーンからの要請で,京都大学の浅利美鈴先生を中心としたNLK(New Letters from Kyoto)に災害ゴミの分別支援として河和田に入ったのがきっかけで、結果として、水害により夏休みを失った子どもたちのために芸術を活用したワークショップ(芸術による復興支援活動)を催し,それを前身として発展したものです。
水害の翌2005年から,「本当の復興はこれからだ。」と,河和田アートキャンプを本格的にスタートさせました。学生を主体に,毎年100名前後の学生が,夏休み期間の約40日間を活用して、現地で生活しながら,「芸術が社会に貢献できることは何か」をテーマに,地域を元気にし,地域に役立つ作品づくりなどをしました。その際,「学生主体」「地域性のある芸術活動」「地域社会問題と向き合う」「地域と世代を紡ぐ」,この4つをキーコンセプトとして推進しました。
河田アートキャンプの成果
Q 決して「アート作品を作って終わり」ではないのですね。具体的にはどのようなことをされているのですか。
片木 2005年は,「五感を題材にした茶室」を水害で発生した廃材などを用い,作成し,地区内5か所に設置しました。
2006年は,「廃材を使用し,地域に還元され再利用されるバス停」づくりに取り組みました。地域の特徴を生かし,高齢者が利用しやすいバス停を地区内に設置しました。
2007年は,他県で発生した水害の被災地支援のため,軽トラの荷台に積んだ「動く茶室」などをつくり,被災地の人たちを励まそうとしました。結果として,現地の受け入れ態勢などの問題で,被災地にまで行くことはありませんでした。
その後も毎年,参加学生たちが議論し,どのようなものが地域の人たちに役立ち,元気づけるか考え,作品を作っています。中には4年かがりで,地元の米を使い,酒をつくり,地域の新たな産業おこしをする者,地域のお料理上手な方の家を,アートキャンプの期間中,カフェや食堂にするグループもありました。
Q 参加している学生は,京都精華大学の学生たちですか。
片木 いいえ,京都精華大学の学生に限りません。全国(43大学の参加履歴)の様々な大学から参加しています。実は学生に限らず,社会人でも参加できるのですが,期間が長いため,参加者のほとんどは学生になっています。
Q 参加すると単位をもらえるのですか。
片木 とんでもない。単位はまったく関係なく,あくまで学生たちの自発的な参加です。そのため制作や運営にかかる活動費に相当する「参加費」を参加者から徴収しています。
Q そうまでして参加することに,意義を感じているわけですね。
片木 仲間を作って一緒にやりとげる達成感,地域の人たちと交流し,地域に貢献できているという充実感,そして自身の成長への実感などがあると思います。そのことが先輩たちから後輩に伝えられ,毎年多くの参加者を得ています。
また,キャンプ終了後も,河和田の人たちとまるで親戚のようにつきあい,毎年「里帰り」をしている人もいます。さらには,これまでの卒業者約16人(内8名が現在も河和田に居ます)が河和田地区に移住しました。河和田を愛し,この地域で仕事をつくり,地域の発展のために尽くそうとする者が,アートキャンプの参加者から生まれ,今後もさらにこのような人たちが出てくると思います。こういったことが評価され,2015年には地方新聞社と共同通信社が主催する「地方再生大賞・ブロック賞」を受賞しました。
「自分ために」を見つけて,成長する若者
Q 参加している学生は,もともと地域振興に関心のある人たちですか。
片木 そうとは限りません。はっきりと目的意識を持っている学生は,やりたいことがあるわけで,これだけ長期間のキャンプには参加しません。大多数は普通の学生で,ついこの前まで高校生だった人もいます。「大学に入って,何をやったらいいか」など,むしろやりたいことが定まっていない人が参加することが多いのです。そのような人たちが,1ケ月,2ケ月とグループでの共同生活をするわけですが,料理もできない,それこそお茶だって自分で淹れることができない,なんでもスーパーやコンビニに売っているものを買ってきて済ます人がほとんどでした。
Q それが,キャンプに参加した1ケ月,2ケ月で大きく変わるわけですね。
片木 ゼロの状態での学生は,どれだけ掛け算をしてもゼロのままです。ゼロが1になれば,100を掛ければ100に。200を掛ければ200になります。ゼロが1になり,その後成長するきっかけがこのアートキャンプで与えられます。
何を作るかも自分たちで考えますが,材料集めも自分たちでやってもらいます。もし学生たちの意識が「社会奉仕」や「アルバイト」であれば,例えば草刈りにしても,「これだけやったしもういいだろう」や「終了時間になったので終わります。」になります。でも,その刈った草が作品で必要なものなら,学生たちは,どこまでもやります。それがアートの力でもあります。「自分のため」なのです。そんな学生たちを見て,住民たちの見る目も変わり,住民らが,アートキャンプの参加者の成長をさらに後押してくれるようになりました。
実は,河和田アートキャンプが始まったころ,地域住民のほとんどは,私たちを受け入れてくれませんでした。「水害でたいへんな思いをした。でも,よそ者は入ってきてほしくない。」という方も多くいました。はじめは「おかしなものを作っているな」から,「でも,地域の子どもたちは喜んでいる」になり,「地域のためになることをしてくれている」「学生らのやっていることはおもしろい」「一緒にやったら,もっといい地域になるかも」になっていきました。
また,「アートイベントに参加したぐらいで,そんなに変わらないだろう」という人もいますが,確かに1日や2日のイベントではだめです。この活動では、年間で約60日間、河和田に足を運ぶ学生がいます。その時間(滞在経験)の中で、仲間ができ,地域の人たちと交流し,期待され,変わっていくのです。
Q とても重要なことを伺えたと思います。「お茶を淹れることもできない若者」を話題にしましたが,若者自身が悪いのではなく,いかに社会が若者たちに成長の機会を与えていないか,1消費者として,「お金を出して,何でも買って済ませる暮らし」を当たり前にさせてきたか,感じました。
さらに今後,目指されているものはなにですか。
若者が成長する場を設けて,世の中を変えていく
片木 2025年には,河和田アートキャンプも20年を迎えます。アートキャンプでは説明できないぐらい活動が多岐・多様化しました。「災害支援」から始め,地域の状況に応じて,活動内容を固定せずにやってきたことがよかったと思います。初めから「地域活性プログラム」を前面に掲げていれば,減点の発想で見られていたと思います。「地域活性といいながら,成果は出ていないじゃないか」と。この点「アートだから地域に受けいけられた」という面があります。また,本来の目的である「人づくり」も表には掲げませんでした。このように、「目的」を外部化することにより,性急に成果を求められず,本来の目的が実現していると思います。
2025年頃には,アートキャンプのОBОGが40歳代になります。彼らと新しい学生らの参加により,これまでなかったコラボができるとともに,ОBОGたちが支える河和田アートキャンプになることが期待できます。
Q このキャンプを経験した人が増えることで,世の中が変わっていくような期待がわきますね。ありがとうございました。(2016年10月24日公開)
以上
(株)応用芸術研究所 http://aai-b.jp/